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派遣労働システムが国家を疲弊させる根拠 [徒然なるまま]

派遣労働システムが国家を疲弊させる根拠

 

 派遣労働というシステムは小泉内閣時代の規制緩和で発展して来た。それ以前の派遣労働は通訳などのスペシャリスト系の職種が限定されていた。しかし自由主義経済と規制緩和が国を発展させると信じていた竹中平蔵氏らが推進して現在のようになった。その間に起きた事は、グッドウィルに象徴された二重派遣や搾取であり、リーマンショックを契機にした派遣切りだった。

総務省は201346月期の労働力調査の結果を発表した。それによると、非正規雇用で働く労働者は1881万人に達し、四半期ベースでは集計開始以来最多だという。一方、正社員数は、3317万人で前年同期と比較して53万人減少したと発表された。男性の正規雇用の選択理由の3割は「正規労働枠」がないというものだ。また女性の3割は「家計の補助」だったという。また派遣労働者の60%が正社員を希望しているとも伝えている。現在の派遣での就労を選んだ理由(三つまで回答)では、「正社員の職が見つからなかった」(388%)、「好きな勤務地・期間・時間を選べる」(336%)、「働きたい仕事内容を選べる」(263%)の順だった。

 

派遣労働は企業側にとって非常に都合がいいシステムだ。正社員の解雇は容易でなく、ボーナスを含む人件費や社会保障費、教育費などを考えると正社員にかかるコストは小さくない。従って派遣労働者はコストパフォーマンスが良く、動労契約的にも容易に流動させることが可能だ。

私の会社にも派遣労働者が多数いらっしゃる。同じ空間を共有し、場合によっては似たような仕事をする場合もあるが、正社員と派遣労働者の経済的な格差は年齢と共に著しく大きくなる。

正直言って私は派遣労働という仕組みに大きな疑問を持っている。派遣労働は企業側に有利過ぎる仕組みだからだ。もちろん人によっては派遣労働というシステムの恩恵を受けている人もいるだろうし、問題を感じない人々もいるだろう。しかし先の総務省の調査発表にもあるように自分の意志と反して派遣労働者となっている人間が男性で3割というのは少ない数字ではないし、60%が正社員を望んでいるというのは派遣労働者の多くが現状に満足していないと言っていいだろう。

 

派遣会社の担当者と話をすると35歳を超えると圧倒的に状況が不利になると教えてくれた。相当なスキルを積んで来ていれば別だが、そうでなければ年齢制限で派遣先の候補が極端に減るからだという。

私はかつて派遣労働者だった時期がある。31歳から35歳頃のことだ。
自分自身でもかなり暗い心境だった時期と重なる。
派遣時代は金銭的に食いつなぐ以外には、キャリア的には全く何の役にも立たなかったという記憶だけが強烈に私の脳に刻み込まれている。
そういう意味でも私は派遣労働形態に疑問があるのだ。

私は現在働いている会社で、自分の支配下に居た派遣労働者の31歳の男性にある事を伝えた事があった。彼には妻と2人の幼い子供がいた。2人の幼子を成人させるために必要な費用は約2000万円と言われている。これは大学卒業までを含む。
当時の私は彼の収入を知る立場にいた。彼の年齢と当時の収入、そしてこの状態のままで、その後約20年に得られるべき予想収入を考えると、幼子2人が大学卒業まで進むのは相当厳しいだろう事は容易に推察出来た。
彼の得られるべき収入は、自分の職場で働いている同年代の正社員の年収と比較すると、約60%程度に等しいことも分かっていた。
この待遇格差はボーナスの設定や会社からの利益配分等の有無があるからだ。

私は彼に30代の早い段階で派遣労働者から脱却する術を自分で考え実行しなさいと伝えた。また必要であれば相談に乗るとも伝えた。
35
歳までのカウントダウンが始まっている彼には、余り時間がないことも申し伝えた。

さて、これを読んでいる人は何故私の職場で正社員として雇用しないのか?と疑問を持つ人もいるだろう。

非常に残念だが、私の職域において彼の能力は明らかにミスマッチだった。しかし彼はその職域で続けたいと考えていたのだ。
そのため、私は彼に対して早い内に職域を変えて派遣労働者から脱却する術を見つけなさいと伝えるに留まった。
そこで私は、自分の会社に留めておくことで彼の貴重な1年半を無駄にすると考え、私は彼に自分の考えを伝え、予定より早く業務解放することにした。

大きなお世話だったかもしれない。それでも私には彼のチャンスの可能性を拡げる事になるだろうと考えた。

彼は次の派遣先に行ったらしい。しかし3カ月で契約解除されたと聞いた。彼は今真剣に自分と向き合わざるを得ない状況にいるだろう。かつての私もそうだったように。

 

だいたい考えてみれば簡単に分かるのだが、企業が派遣労働者に責任あるプロジェクトを持たせる事はない。最長でも3年毎に会社を変わらなければならない人材に重要な任務をアサインできるはずもないからだ。
派遣労働者としてキャリアを積んできた人々は、年齢が上がっても正規の部下を持つこともなく、主要なプロジェクトを任せられた経験もないままに年齢を重ねて行ってしまう。
普通の企業で正社員として勤続12年働いていたら得られるような知識、見識、経験を、派遣労働者が得られないのは賃金とは別の最大の格差的問題だと言える。

派遣労働者が係長や課長になる事は絶対にない。つまりそういうことなのだ。

そしてそのまま35歳を過ぎると、キャリアの壁に苛まれることになる。同年代で正社員で働き、役職が付く可能性のある環境にいる人間と、ずっと派遣労働者として働いてきた人間では、キャリアチェンジに大きな違いが生まれる。特に40歳代になれば、もはや議論の余地のない程の差があらゆる面で出来てしまう。

 

個々の企業の固定費削減の対策として派遣労働者の雇用はプラスに作用するだろう。しかし社会全体の繋がりの中で見てゆくと、派遣労働者の置かれている立場は個々の企業の利益を相殺してマイナスにするほどの社会影響があると感じている。
正社員より圧倒的に不利なキャリア環境、収入格差はすなわち長期的な展望に立った人生設計が描けない事を意味する。

結婚や出産、マイホームなどかつての中間層と言われた人々が普通にやってきた生活は殆ど望めないからだ。

これは企業にとってもマイナス要因となる。中間層の喪失はすなわちマーケットの消失を意味する。つまり企業が収益確保にメリットがあるとして派遣労働者を使えば使うほど企業自身が市場を縮小させる理由を作り出すというパラドックスに陥るということだ。
私よりも頭脳明晰で情報も多い厚生労働省の役人なら、この懸念を数値化によって証明してくれるかもしれない。

 

厚生労働省発表の情報では、相対的貧困率(年収112万円以下)は16%(平成21年調査)にのぼる。子供がいる現役世帯では14.6%となっている。

 

そろそろ日本の貧困率がOECD諸国の中で上位ランクにいる根本的理由を正すべきだろう。中間層が失われ、経済格差が広がり、貧困層が子供の教育にお金を割けなくなるという事は、重大な国家的損失だ。
教育のない国民の醸成は長期的には国を滅ぼす事に繋がる。日本は相互補助的思想の強い国だが、グローバル化の名の下に、成果主義、弱肉強食がはびこり、社会人野球と大リーグが同じ土俵で試合をして勝てないと国家に未来がないような言い回しをする連中がはびこっている。確かにグローバル化による一定の強化は必要だが、現在のアメリカ社会を見て分かるように、競争の果ての社会疲弊は著しい。政治家、官僚たちは、日本を現在のようなアメリカ社会にしたいのだろうか?

Money Talksという言葉がある。金はモノを言うってことだ。
1%
のスーパーリッチや企業群が民主主義を蔑ろにするほどの規模と影響力でアメリカ社会を牛耳っている現実は、まさにMoney Talksを如実に反映した結果でもある。

過激な言い方かもしれないが、現在のアメリカ社会は巨大企業群とその奴隷によって構成されている社会と言っても良い。
数十年前のSF小説に出来てきそうな設定だが、今まさにこれは起きている。

 

私は将来の日本社会を現在のアメリカ社会のようにしてはならないと信じている。オバマ大統領も議員時代には現在のアメリカ社会を変えようとしていたと思うが、大統領になってから正反対の方向へと突き進んでしまった。

しかし自民党がアメリカ追従型によって政権を維持しようとするなら、日本のアメリカ型社会への転換は想像以上に早く成る可能性がある。

TPPはそうした意味で大きい。TPPはまさにアメリカの巨大企業群の生命線を日本市場につなげるための政治戦略だからだ。

郵貯でアフラックの窓口を大規模に開設するという事実は、こうした動きに呼応していると見るのが自然だ。

 

アメリカにも派遣会社がある。日本とは違ったルールで運用されている。TPPに関係した影響が派遣業界に及ぼす部分があるのかは分からない。

しかしいずれにしても、派遣労働者=非正規労働者の増加は、長期的な社会構造に根深いダメージを残す。

一見雇用の流動化という言葉は耳触り良く感じるかもしれないが、流動化に耐えられる能力をもった人材というのは多数派ではない。

ある意味でサラリーマンというのは個々が特別な才能を持っていない集団とも言える。しかしそうした人材がチームを組むことによって初めて大きな力を発揮するのだ。
そうしたサラリーマンのような人材を自立的な能力人材と戦わせるのは、草野球の選手をイチローと同等に戦わせるのと同じだとも言える。
無能な者は去れという社会ならそもそも政治など要らない。また有能な人々も自分一人で成り立って生きているのではないという事実を謙虚に考えるべきだろう。それが人間社会の本質なのだから。


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