So-net無料ブログ作成
検索選択

映画館やコンサート会場で見かけるちょいと迷惑系なアルアル [徒然なるまま]

映画館編:

(1) 何故か東海林太郎(この例じゃわかんないよねぇ・・・)のような感じで座席の背もたれにほぼ直角に座り、後ろの人から見て頭が完全に映写幕を邪魔して困っていることに配慮もなく気がつかない人。

(2) とにかく頭がでかいのに自覚も配慮もなく後ろの人の視界を殆ど遮る人。

(3) 上映中、頭の上に更に高さのある帽子を被って取らない人。

(4) 私語は謹んでね・・と上映前に注意が出るのに、自宅の居間にいるようにずっとペラペラしゃべっている人たち。たかだか2時間位一人で黙って見る事が出来んのだろうか?

(5) 上映中、やたらと同行者に映画の内容について質問を浴びせる人。映画位、自分の頭で考えてみる事は出来んのだろうか?

(6) 映画の機微に全く関係ない反応を示す人。不思議な反応する人っていますよねえ。

(7) いびきをかいて寝ている人。たまに酷いの居ませんか? あれには本当に困る・・。

(8) 上映中に携帯メールのチェックをする人(マジで最近多い)。映画上映中に見なけりゃならんほど緊急な用事のある人が、映画に来る事もないだろうにと思う。気が散るし迷惑なのでお止めください。

(9) 上映中に携帯電話に出る人。(これは実際経験しました。) 
正直驚いた。同行者も注意すらしないので更に驚く。

(10)              食いもんや飲み物の音をたてて飲食する人。しつけの問題だね。

(11)              長時間座るのが苦手なのか、とにかく態勢を頻繁に変える落ち着きの無い人。

(12)              特にシネコンなのだが、不要に前のめりの姿勢で見るため後ろの人の視界を大きく遮ってしまう人。座席の設計上、あれって結構邪魔です。映画館は前のめりになって見る利点は殆どないのでゆったり座ってご覧ください。

(13)              明らかに座席に相当な余裕があるのに、後から来たのに既に人が座っている前に座って、尚且つ(1)や(2)の人。後ろの席への配慮位は致しましょう。

結論:そういう訳で私は空いている映画館が大好きです。


コンサート編:

(1) ライブ中、ずっと一人で悦に入って大声で歌い、演者の歌に被るほど声が大きく周囲の聴衆の邪魔する人。気持ちは分かるのだが、君の歌を聞くためにこっちは高い金を払っているのではありません。

(2) 何だか知らないが、ライブ中にずっと連れと喋っている人。何のために来ているんだろう? 唄声喫茶と間違っているんじゃなかろうか?ロックコンサートとは言え、喋り声のお陰で周囲がライブ演奏に集中出来ないので本番中は、不要なおしゃべりは控えましょう。特に声のデカイ会話は最悪です。

(3) どう考えても若い女の人の趣味とは思えないライブに女を連れてきて、ライブのウンチクを自慢げにする中年のオヤジ。

(4) ライブの機微と無関係な盛り上がりを見せるちょっと困った感じの個人もしくは一団。やっぱ変ですよ。

(5) 男義を見せようとしているのか女を肩車する男性。後ろの人の視界に完全に邪魔です。(野外や海外では多いよね)

(6) でかい応援幕や看板をずっと頭上に掲げる人。これは後ろの人の視界を遮り完全に邪魔です。(結構アイドル系で多いようです。気をつけましょう。)

(7) コンサート中にサイリュームの光を頼りに化粧を直す女性。それって今やんないとダメなの?って思うのだが?

(8) やたらと拍手の音がでかくて周囲とは明かに全く違うテンションで一人物凄いでかい声で盛り上がっている外人。(渋谷公会堂でのテデスキ・トラックス・バンドの時、後ろにいた外人が耳元で叩く拍手の音が余りに酷くて死ぬかと思った。)

(9) アーティストの気を惹こうとして下らないとしか思われないような言葉を投げかけてアーティストを本気で怒らせる人。あるアーティストの千秋楽はこれで台無しになりました。

(10)              周囲は全員座っているのに一人で立って踊って盛り上がっている人(気持ちは本当に分かるんだけど、ちょっと後ろの人には迷惑かもよ・・・。)

(11)              1曲目から総立ちになるライブ(これは仕方ないんだが、実際オジサンには辛いっす)

(12)              比較的照明の暗い演出中なの、携帯やスマホを取りだして操作を始める人。少し位我慢出来んのかねえ。

(13)              演奏されている音楽を棄損するような応援や楽しみ方をする人。かなり昔ですがピアノのバラード曲に合わせてずっと3連のリズムで手拍子しているツワモノが居たのには驚いた。台無しにしてくれました。

客質って結構ライブの視聴環境や感動の度合いを変える時があるんです。お互いに周囲へ気を使いながら楽しみましょう。


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

神田祭り(2013年5月12日)の写真 [歴史&庭園(History&Garden)]

2013511日から12日にかけて行われた伝統的な祭り、神田祭りが開催された。写真はその時の模様です。

実は初めて見ました。

まさに江戸の臭いが感じられる壮観なもので素晴らしい祭りでした。
しかしお祭りの写真って撮影するのがかなり難しいと実感しました。まだまだ修行が足りないようです。

130512神田明神祭-1 (359)-R.jpg

130512神田明神祭-2 (375)-R.jpg

130512神田明神祭-2 (296)-R.JPG

130512神田明神祭-2 (292)-R.jpg

130512神田明神祭-2 (247)-R.jpg

130512神田明神祭-2 (239)-R.jpg

130512神田明神祭-2 (230)-R.jpg

130512神田明神祭-2 (229)-R.jpg

130512神田明神祭-2 (226)-R.jpg

130512神田明神祭-2 (212)-R.jpg

130512神田明神祭-2 (170)-R.jpg

130512神田明神祭-2 (144)-R.jpg

130512神田明神祭-2 (27)-R.jpg

130512神田明神祭-1 (351-2)-R.jpg

130512神田明神祭-1 (239)-R.jpg

130512神田明神祭-1 (184)-R.jpg

130512神田明神祭-1 (140)-R.jpg

130512神田明神祭-1 (71)-R.jpg

130512神田明神祭-1 (51)-R.jpg



nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

英会話信仰という宗教に陥っている経営者たち [徒然なるまま]

 

ユニクロ、楽天など英語が社員スキルの中核だと謡う企業が増えている。
TOEICでの高得点が出世の最低条件という企業も増えつつあるようだ。
その数は
2500社に上るようだ。
個人的に英会話は出来た方が良いと思っている。私は学生時代、英語が苦手科目だったが、音楽業界で働くようになり、外国人ミュージシャンとの仕事が増えたことで学ばざるを得なくなり26歳から英会話の勉強を始めた。英語学校に行こうと思ったが当時は給料も安く時間の制約もあり結局NHKラジオ英会話と映画で学ぶ事にした。多少習得に時間はかかったが結果的に英会話には困る事はなくなり、学生時代より飛躍的に英語が分かるようになった。必要に迫られた事が良かったのだろう。

さて、昨今の企業の英語要件は、とにかく英語が出来る=グローバル化という経営者が多いように見える。経営者によっては英語が出来ればそれで良いんだみたいな英語極右もいる。それならアメリカ人とイギリス人を中心に雇用すればいいんじゃないの?と思うほどだし、英語が出来る=グローバル化ならアメリカとイギリスが経済的にも能力的にもダントツであるはずだが、実際はそうなっていない。

過去に某大手電機メーカーで英語が出来る人間の採用が相次いだという。英語が出来る=グローバル化という名の下で数多くの帰国子女の採用を強化したのだ。結果はどうなったか。仕事の能力が低く、礼儀もわきまえない常識以前の連中の跋扈で社内環境が悪化したという。結局それ以降、管理職に最低限度の英語能力を問う制度を残して、こうした人事を廃止したという。
英語が喋れる=国際的に通用するという殆どたちの悪い宗教のような考え方は本質を見誤っている。英語圏の人間全員が企業社員として適切であるかといえばそうでないのは自明の理である。

言語はツールでしかない。従って人間性や業務スキルとは無関係だ。コミュニケーション能力や社会的マナー、また業務スキルが合った上で英語や他の言語などのツールが生きるという当たり前のことに大企業の経営者が気付かないというのは殆どジョークとしか思えない。

 

楽天は会議も英語でやり始めたが、結局非効率になったので一部解除したようだ。当然だろう。英会話は手段で目的じゃないのだ。
またTOEICの高得点者は意外とキチンと英語の会話の出来ない人間が多いというのは一般的に知られていないだろう。
TOEICでは会話の試験が必須ではないので会話能力までを計る事が出来ない。私に知る限りでTOEICが高得点で尚且つ英語がキチンと話せる人間は通訳をやっている人ぐらいだ。TOEICの得点は決して英会話の能力と比例しない事実を経営者は理解しているのだろうか?

後天的に英語会話を学ぶ際に最も苦労するのが会話能力の開発だ。特に発音の矯正は個人差があり、耳の良い人と悪い人では差が大きい。また昨今は声認識によるサービスが多いので、発音の悪い人は飛行機の予約もままならないのだ。
楽天社長の英語のスピーチを聞いた事があるが、正直余り上手部類には入らない。特にリズムと発音がチグハグなので何を言っているのか不明な部分が多い。それでもあの程度話せれば一定程度の会話をすることは可能なので、あれはあれで良いのだと思う。

三木谷社長が日本の英語教育の在り方に憤っている観点は私も同じだ。中・高の6年間や大学の4年間を入れれば10年の長きに渡る英語教育を受ける訳だがご存じのように殆ど誰も喋れない。もはや文科省の陰謀かと思うほどでもある。

そのため日本人で英会話が出来る人には独特なプライドを持った面倒な人がいる。英会話能力のある自分が他人より一段上にいると勘違いしている連中だ。企業が英語能力ばかりに目を向けて採用後に失敗したと感じるのはこうした連中の存在だろう。

 

正直言って、近い将来英会話に限らず語学能力なんていずれ一定程度が陳腐化する。
自動翻訳機はまだまだ開発途上だがちょっとしたコミュニケーション程度なら機械を介して出来る時代がそこまで来ております。それでも人間技を必要とするのは人間力に加えて会話力と語学能力が合体する事で初めて機械を通じて陳腐化する部分を凌駕出来る訳です。

 

私はまだ日本人の中にアメリカによる根深い占領体験があるんだと思う。英語を話せる日本人が凄く特別に見えるというのはアメリカに特別で複雑な感情がある裏返しなのだとも思っている。

確かに日本国内で英語を流暢に操れる人を見ると“おっ・・”とか思うし、周辺に英会話が出来る人間が少ないのも事実です。
そのため英会話が出来る人が重宝されるのでしょうが、世界規模で言えば数十億人が話せる言語で特に珍しい能力じゃないというのも事実なのです。

日本の経営者はそういう事情を加味しながら英会話という能力の評価をした方が良いと思います。

語学はただのツールで人格じゃないのです。


 

(参考)

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/35580

 


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:音楽
メッセージを送る

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。

×

この広告は1年以上新しい記事の更新がないブログに表示されております。