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カメラの性能比べ(NIKON D40,SONY NEX-5N,OLYMPUS SP 800UZ [徒然なるまま]

SONY NEX-5を検討している方への利用者レポート

カメラを買う度にネット情報を収集してみるが、どうしても今ひとつ良く分からない。結局当たりをつけて買うしかないが、ネット情報で助けられた事もあり、私も何かでお返しせねばと思い、購入検討者のためになればと思いブログに書いてみた。

三台目のカメラとしてSONY NEX-5Nを買った。実は10万円代の一眼レフ(ミラーレス)も狙っていた。しかし、散歩で歩き回りながら写真を撮る私には躯体の重いカメラはかなりの負担であり、コンパクト一眼を選択することにした。

SONY NEX-5Nを購入した後、私が持っている二台のカメラで同じ被写体を撮影して比較してみた。

使用カメラ:
NIKON D40
2007年購入)
OLYMPUS SP 800UZ
2011年購入)
SONY NEX-5N
2012年購入)


撮影場所:霞ヶ浦公園(天気:曇り)
撮影日:2012年7月21日
時間:13時ごろ

霞ヶ浦公園SONYピンクのハス.jpg
 撮影機器:NIKON D40
 撮影方式:マニュアル
 絞り:f 7.1
 シャッター:1/250
 ISO:200
 露出補正:-5ステップ
 焦点距離:200mm
 最大絞り:5
 測光モード:中央重点主義
 フラッシュ:なし
 画素数:610万画素

画素数が他の機種に比べて低いので柔らかい感じで撮影できる。拡大した際の細部の再現力はさすがに劣るが、味のある感じの写真が欲しい時はこの機種がハマる。写真は望遠(200mm)を最大にして撮影しているが、被写体の花までの距離はカメラから5m程度。

霞ヶ浦公園OLYMピンクのハス.jpg 

 撮影機材:OLYMPUS SP 800UZ
 撮影方式:オート
 絞り:f 5.1
 シャッター:1/250
 ISO:50
 露出補正:0ステップ
 焦点距離:83mm
 最大絞り:2.97
 測光モード:オート
 フラッシュ:なし
 画素数:1400万画素

ISO50の撮影だと、中央の黄色い部分を見てみるとNEX-5Nより若干クリアーに撮影でき細部の再現度合はNEX-5Nに劣らない感じがする。写真は付属の望遠を最大にしており花までの距離は5m程度。

霞ヶ浦公園NKNピンクのハス.jpg
 撮影機材:SONY NEX-5N
 撮影方式:プログラムオート
 絞り:f 6.3
 シャッター:1/400
 ISO:100
 露出補正:0ステップ
 焦点距離:210mm
 最大絞り:5.3125
 測光モード:パターン
 フラッシュ:なし
 画素数:1610万画素

プログラムオートで撮影すると他の2台より若干暗く撮影される傾向があるようだ。細部の再現性は平均的にはこの機種が上回る。撮影時の最大望遠は210mmだが、画像を切り取ると300mmに近い効果が出る。花までの距離は5m。

ここまでの総評:
NEX-5Nはオートで撮影すると全体的にアンダー気味に撮影される。そのため常に露出を若干明るめにしたくなる。特に暗めの場所を撮影する時は気になるので調整が必要。SONYは全般的に赤系の発色が綺麗に出やすいので、紅葉とかの撮影に適していると思う。撮影時には明るさと色調の調整を多少やることで結果も違ってくる。またオートフォーカスだが、一律平面的ではない被写体では自分の考える部分にフォーカスが合わない場合も出てくるでのDAF(オートで決めて、マニュアルで詰める方式)を利用で、最後のひと絞りはマニュアルフォーカスで対応した方が誤りのない写真が撮影できる。

有効画素数は1610万画素なのと、CMOSセンサーも大きめなので、撮影した画像の一部を切り取って拡大すると望遠効果を得られる。慣れれば使い勝手も問題ない。パノラマ撮影も非常に楽で効果的な映像だ。
夜間撮影の場合、自動3連撮影をアルゴリズムで1枚の手ぶれなしに近い写真にしてくれるので、これは便利で、フラッシュがなくても有る程度の暗さでも撮影でき出来具合も結構悪くない。

(問題点)
静止画を撮影している時、
録画ボタンが右手の親指にかかるため、誤って押してしまうことがあり、録画ボタンが稼働しないモードかカバーが欲しいと思った。動画については60pなので一定以上の画像で撮影できるが、高速で動くものや格子系が動く映像は他の機種同様に難点はあるが、プロ機じゃないので仕方ない。
またフラッシュは必要な時にカメラ本体に接続しなければならないが、ネジ式なので設置に手間取り、瞬時の撮影には向いてない。
また接写の際、ターゲットが小粒だとなかなかオートで焦点が合わないが、他機種も似たようなもんなので仕方ない。

実はオリンパスのSP800UZをISO50~100でキチンとした光量下で撮影するとNEX-5Nの画像と余り遜色ない。ただSP800はISOが400を超える辺りからノイズが増えてしまい、綺麗な仕上がりになり難い。NIKONは610万画素のため、他に二機種にくらべると柔らかく仕上がるが、これはこれで味だ。

NIKONのD40はさすがに5年前(2012年時点で)なので黒いターゲットや暗い所だとシャッターが切れないことがあり、不便な部分がある。


撮影場所:新宿御苑 
日時:2012年8月5日 1430
天気:晴
撮影はオートで撮影してみた。


新宿御苑NIKON (14-2).jpg


機種:NIKON D40(上)
絞り値:f/5.6
露出:1/160
ISO:200
露出補正:-5ステップ
焦点距離:22mm
最大絞り値:3.8
測光:中央重点測光
総評:全体的に自然な感じで撮影できる。派手ではなく堅実な感じに仕上がる感じだ。


新宿御苑OLYM (20-2).jpg


機種OLYM  SP 800UZ(上)
絞り値:f/5.7
露出:1/80
ISO:50
露出補正:0ステップ
焦点距離:7mm
最大絞り値:2.97
測光:パターン

オリンパスはレンズが暗いせいか、ちょっと被写体が暗めだとシャッタースピードが他の機種に比べて格段に遅くなる傾向があり、手ぶれの遠因となる。このためオリンパスで撮影する際は光が十分あり、ISO50-200以内に設定でき、シャッタースピードを1/125程度以上稼げる場面での使用に留めている。


新宿御苑SONY (28-2).jpg

機種SONY NEX-5N(上)
絞り値:f/5.6
露出:1/160
ISO:100
露出補正:0ステップ
焦点距離:55mm
最大絞り値:4.33
測光:パターン

総評:こういう陰影がある場所を撮影するとNEX-5Nはちょっと重めに仕上がる。彩度や明るさを微調整すればもう少し現場の自然に近い印象になると思う。密度感はこのカメラが一番あるように思える。



その他のSONY NEX-5で撮影した映像の御紹介。


120929新宿御苑.jpg

新宿御苑にて撮影。彼岸花。赤の発色はかなり良く
現場の色に近いが、光の加減でちょっと派手目には出る。
オートモードで撮影するが、絞りと深度は若干調整。
望遠レンズで撮影。
2012年9月29日


120813上野動物園ハスSONY.jpg

上野不忍池の上野動物園内の敷地のペリカン。
2012年8月13日撮影。200mmの望遠で撮影し、

中心部だけを切りだして拡大した写真だ。被写体との距離は大体だが

60-70m程度。


121008川村美術館ED.jpg


千葉佐倉市の川村記念美術館で撮影の鳥。
撮影日は2012年10月8日。若干曇り。
被写体との距離は2~3m。標準レンズで撮影。オートモード。


121021神代植物園.jpg


神代植物園(調布市)にて撮影のバラ。
撮影日は2012年10月21日。
レンズは標準。オートモード。

NEX-5Nを使用していてに特に大きな不満はない。このクラスの値段を鑑みれば、SONYのαシリーズの一眼カメラが買えるクラスなのだ。
人によっては、望遠を付けた際の重量バランスの悪さを指摘するプロ系の人々も多いのは知っているが、望遠つけたら大抵のカメラはバランスが悪くなるので気にしないことにしている。
もし望むなら拡大した際の画像の精密さがもう二段階程度高くなるとで望遠効果が高くなるので、そうなれば更に有難いと思う。
またオート撮影時の露出が若干アンダーなのは調整して欲しい程度だ。
カメラはどこにこだわるかで評価も異なるが、私のように芸術作品を撮ろうとするのではなく、スナップと芸術の中間の利用者なら全く困らない。
また画質そのものは非常に質感を伴って撮影できるので、ウルサイ人でもかなり満足度を得られるだろうと思う。プロ機器はNIKON,CANONが主勢力だが、結構SONYも悪くないです。カメラ的にはちょっと穴場かも。

しかし写真撮影は難しいし奥が深い。私はアラーキーさんのようなライブなスナップショット系写真を目指しているので、金をかけたカメラを操る芸術的な写真は苦手だが、いずれにしても知識も経験も私はまだまだでございますだ。
サンプル画像に人間が出てこないが、これは人間を撮影するのは色々と難しい部分があるからに他ならない。
やはり写真の醍醐味は「人」なのだが、人を撮るほど難しい事はないので、またいずれかの機会に・・・。


私はワーキングプアだった!? [徒然なるまま]

1982部屋.jpg
1982年当時の6畳ひと間の自宅
結構小奇麗に暮らしていたもんだ。

 


連合・連合総研の2012年の共同研究によるワーキングプアの定義は「単身世帯で年収200万円以下、複数人世帯で年収300万円」と定めており、「単身世帯で年収200300万円、複数人世帯で年収300400万円」を予備軍としている。ただし高齢者で年金生活者は除外されている。

ところで1982年に大学を卒業し社会人になった際の私の月給は額面で10万円、年収で130万円程度だった。だが翌年から転職してミュージシャンのボーヤを家業としたため月給が7万円になり年収は額面で84万円になった。
当時の大卒額面初任給は127,200円で年収ベース(ボーナス2カ月を含む)1,778,000円だ。1984年当時の私の年収と比較すると大卒平均の47%程度であることが分かる。

これを現代に当てはめれば、大卒の額面初任給は203,362円で、年収ベース(ボーナス2カ月を含む)2,847,068円で、ボーヤ家業をやっていたとして換算すると1,338,122円だ。

当時にしても現代にして完全なワーキングプアだ。

そうか・・、私はワーキングプアだったのだ。全く知らなかった。

では当時の私の暮らしぶりはどんな感じだったのか?

確かに苦しかった。当時の私の生活感は大学時代と全く同じだったので、自分が貧困層だという認識そのものが無かった。部屋には風呂が無かったし電話も無かった。機材のローン約8,000円も毎月キチンと支払っていた。但し貯金は殆ど出来なかったが、それでも毎月何とか数千円を残していた。

当時の私の仕事場は、六本木のレコーディングスタジオが多かったので、食事には本当に困った。当時はコンビニも無く、ファーストフード店も殆どない時代だったので、店屋物か弁当を作って持参するかのどちらかだ。しかし店屋物は六本木という立地のため私の財布では毎食を対応できず、弁当にするか、食べないで我慢するかを強いられた。弁当も夏場になると夜まで持たず捨てたこともあった。ミュージシャンたちは1200円もする弁当を夕食で食べていて、彼等にお茶を出す私に目には本当に毒だった。
1本100円の缶コーヒーを買うのも決死の覚悟というのが本音だった。

それでも何故か悲観的な生活ではなかった。音楽業界に憧れていた事もあり、テンションが高かったのだろう。結局26歳くらいになるまで私はワーキングプアのままだった。

26歳から同じ業界内で職場が変わり、アルバイトながら深夜勤務の手当てがつくようなったことで月額18万円程度になり、年収レベルで当時の新卒と同等になりワーキングプアから解放された。それによって貯蓄額が上がり、引っ越しも出来、27歳になって初めて風呂付の家に住めるようになる。ちなみにエアコンはない。
それでも私の年収は年齢に比べて非常に低かったと言える。しかし以前に比べて倍以上になったことで収入の低さを気にした事がなく、自分の望んだ音楽業界で仕事が出来ていることだけでも十分満足していた。
 
私はワーキングプアだった20代中盤の時でさえも生活費を借金した事がない。生活費は一度借金してしまうと相当な収入改善でもないと返済不能に陥るからだ。
よく、給料日前になると金がないと困っている友人を見かけたが、私にはそれ自体が理解出来なかった。決まった給与なので1日当たり使用できる金額は自ずと限度があり、給料日に金持ちで給与支給前に貧乏になる訳がないのだ。
借金でボーナス返済をしている人もいたが、将来の収入を無駄な支出で先食いしているだけなので、余り賢いとは思えない。

自分が50
歳を過ぎて当時の自身の生き方が正しかったかどうかは分からない。しかし自分のやりたい世界で働くという点は実現でき、結局音楽業界には20年近くいた。
収入面では随分と損をしたと思っている。
また夢の一部は実現し、一部は実現しなかった。
今は別の業界でサラリーマンになって給与も人並みだ。
45歳で正社員になれたのはある意味奇跡に近いと思う。ちんまりとリーマンをやっていれているのも、かつて自分のやりたい世界で生きて自分の限界を知った事があるからかもしれない。

ただ、このキャリア形成は他人には進められない。私の周囲にも40歳で不安定なアルバイトをして生活している人間がいる。今後50歳に近付くと彼も相当苦労するだろう。
また私の24歳の甥も夢を追いかけてフリーター生活だが、私は彼に人生を説教する資格などない。

人生設計って本当に難しいもんだと思う。シャープの社員だって会社があんなに傾くなんて想像だにしなかっただろう。
ワーキングプアという言葉が独り歩きして、この年収以下は不幸せだ!という切り方は余り良くないと思う。人生は人それぞれだからだ。
しかし子供を養育する立場の人の低収入は本当に深刻だと思う。子供の教育が金銭によって左右されるのは、国として何とか税金で補うべきものだろう思う。

今後自分にだって何が起こるか分からない。出来れば死ぬ時に“そんなに俺の人生悪くなかったじゃん”って思えたらかなり幸せな方なのだろう。出来ればそうであって欲しいとひたすら今日を生きる。人生はやっぱりThe Long and winding Roadなんだよね。


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中国・韓国が科学分野のノーベル賞受賞者を誕生できない本当の理由 [徒然なるまま]



001[1].jpg

日本は山中教授を含めこれまで19人が受賞しているが、中国・韓国はノーベル平和賞だけ。
世界の注目を集める賞だけに日本に対抗心を燃やすのは理解できる。

「科学・医学・物理分野のノーベル賞は国の悲願」という両国になぜ受賞者が出ないのか。
中国のジャーナリスト・周来友氏は「教育制度に原因があります。詰め込み、試験偏重による丸暗記が多く、創造性に欠ける」と指摘する。さらに周は「貧しかった中国を手っ取り早く発展させたので、他人の成果を真似るパクリ文化が広がり、地道な研究は苦手なのだ」という。
実は日本だって戦後は似たような部分を持っていた。しかし中国、韓国が基礎研究分野等でノーベル賞を受賞できるような成果を上げられないのは、彼らの国を覆う思想に根本的根拠があるのだ。

中国・韓国が“地道な研究は苦手”というのにはキチンとした理由がある。
未だに儒教・朱子学の思想が強いのがその主たる理由なのだ。
日本で云うと士農工商という身分社会を有していた江戸時代の社会思想だ。
この思想のオリジナルは中国であり、日本にも奈良時代の律令制度のような形で入り込み、韓国は中国に支配を受けていた朝鮮時代を中心にその影響を強く受けたと言われる。

日本では「士=サムライ=実質的支配者」であり、中国・韓国では「士=士大夫=官僚/両班=実質的支配者」の構図だ。
儒教は中央集権国家の根本であり、簡単に言えば選ばれしエリートが愚民を指導・教育し国を運営するという思想だ。
中国・韓国は、エリート出身大学かどうかで人生が大きく変わる。

日本だって公務員上級試験をパスした連中がキャリア組と言って特に客観的な理由もなく霞が関で出世コースがノンキャリアに比べて優遇されているのは、江戸時代の儒教思想の名残だと言える。いわゆる科挙制度だ。そういう意味では現在の日本も僅かだが政治機構の中に儒教思想が現存する。

こうした思想の影響のため、中国・韓国には日本のような「老舗」がない。儒教国は日本のように何代も継続する酒屋やお菓子屋のような仕事を社会的に非常に下に見る傾向があるからだ。
儒教国の国民にとって、地道にコツコツやることは、エリート頭脳階級と比較して社会的価値が低いという信仰があり、これが基礎研究者の育成や製造業の継続を阻んでいる。
また頭脳よりも肉体を使う仕事や技術的業務に携わる人々の社会的地位が低いのはこうした背景があるからだ。
だから製造業が根付き難い社会環境で、島津製作所の社員でノーベル賞を受賞した田中耕一氏のような人材は中国・韓国からは非常に出にくいと言える。


ここまで語れば何故中国・韓国が“地道な研究は苦手”という一端が分かるだろう。10年も20年も成果や褒美が出るかどうかも分からない仕事をコツコツやることは、日本人には美学だが、彼等には人生の無駄とさえ映るのだ。これは良い悪いではなく、そういう信仰の下で国をまとめている彼らの宿命だと言える。

日本では尊敬される造り酒屋や何代も続いたお菓子の老舗、漫画家や小説家なども中国、韓国では社会的地位が非常に低い。
そのために、彼等は直ぐに結果の出るものに飛びつく傾向があり、蓄積が出来難い社会構造になってしまったのだが、その根本には儒教思想が根強くあるのだ。

2005
年に韓国のファン・ウソク教授がES細胞論文不正事件で世間を沸かせたが、こうした背景には、成果への大きな焦りがある。
また中国や韓国が金にまつわる部分に日本人には理解できないようなこだわりや執着、問題を見せるのは、エリート的な支配分野以外で社会的地位を確保する手段が金銭面での成功くらいしかないからだ。


もしも中国・韓国が地道な研究に人員を集めるためようと本当に考えるのであれば、彼等の社会に無色彩に存在する儒教思想の毒を一度解毒するしかないと思う。
中国にも韓国にもノーベル賞を受賞できるような優秀な人材がいるはずだが、彼等がこの点を理解しない限り、将来に渡って科学分野のノーベル賞を生む事はかなり難しいというのが私の見解だ。
今回の件で大型予算を付けて基礎研究分野に力を入れるという両国だが、山中教授が言うように基礎研究者は一生を歯車に徹する事が出来るかどうかのような地味な存在であり、成果有りきで臨める仕事ではないのだ。
地道にやって報われないかもしれない仕事に自分の人生を賭ける覚悟を持った人々だけがノーベル賞の栄誉を受けられるのだと思う。

山中教授が今回の受賞を”自分は神輿に乗っただけ”と語るのは、今回の成果が過去の研究者たちの積み重ねによって成立しており、自分一人だけで成し得た成果ではないという基礎研究者のリアリティーを語っているに過ぎない。

日本の基礎研究に関わる殆どの人々はノーベル賞なんていう高尚な賞に縁のない人ばかりだ。予算だって研究環境だって必ずしも良い訳じゃない。研究者の殆どが非正規雇用で、この点は山中氏も指摘している。
地味で目立たない研究も多い。それでもコツコツやれるのは、日本の国民性であり、地道な人材育成の賜物なのだ。(イギリス人やアメリカ人もコツコツやるタイプが多い民族だ)


中国、韓国がこの分野でのノーベル賞を本当に望むのであれば、まずそうした成果を望まない姿勢が必要だとも言えそうだ。 


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渋谷駅周辺の人生の陰影 [徒然なるまま]

JR渋谷駅。
私を含めて多くの人が毎日通過する場所だ。渋谷と言えば若者で賑わう華やかなイメージがある。

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Hikarieなどで煌めく夜の渋谷:


しかし駅南口の高架橋下や宮下公園都隣の自転車置き場周辺には全く違った光景が拡がっている。

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(上)渋谷駅南口の国道245線の高架下

この場所周辺にホームレス(野宿者の記載にこだわる人たちもいるが、ここでは一般的呼称で進める)の方々が定着し始めたのは、宮下公園の開発時期と同期している。宮下公園にはホームレスの方々が定住しており、公園を利用しようとする区民からの苦情が絶えなかった。一般論としてそうした苦情があるのは理解できる。

宮下公園101123 (1).jpg 

宮下公園ホームレス101123 (1).jpg

宮下公園から出された方々は現在公園下の駐輪場の横に仮設住宅のような状態で生活をしているようだ。土台がコンクリートになって安定したようだが、夏・冬の気温差には不利かもしれない。

宮下公園ホームレス101123 (4).jpg



渋谷区は私企業の入札によって
公園の再開発を提案し実現。支援者による強い反対運動も実らずホームレスの方々は公園の住処を追われ、現在はスポーツなどが出来る施設が公園内に出来ている。実は駐輪場隣りに出来た彼らの建物数は宮下公園にいた居住者を超える。


(参照/公園からの移転に伴う経過を追ったブログ記事)
http://www.tanteifile.com/diary/2011/06/29_01/index.html
http://www.tanteifile.com/newswatch/2010/10/16_01/index.html

http://www.tanteifile.com/newswatch/2010/10/19_01/index.html



実は私の人生の中で、
30代中盤に仕事が行き詰まり、貯金の残額も心もとないほどになり、ホームレスになるんじゃないかもしれないという現実を覚悟した事がある。私の知り合いにも同じ感覚を持った人がいて、当時自営業だった私のような不安定な職種は皆不安感があったようだ。

幸いそれは実現しなかったが、そういう意味でも私にとってホームレスの方々は単なる負け組の成れの果ての人々ばかりとは思えない。ひょっとしたら彼等のいる場所に自分がいたかもしれないのだ。


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きっと様々な事情があったのだろう。現代はちょっとした事が生活環境を激変させてしまう時代だ。ちょっとした失敗で復活できず悪循環で落ちて行ってしまう時代に不安が募るからみんな護りに入る。
渋谷地域に密集するホームレスの方々の年齢層を見ていると、私とさほど変わらない年齢の方々が多い。
彼等の中には現在の私のように普通のサラリーマンだった人だっているかもしれない。

資本主義社会の中で様々な人生を歩んできて、上手く金銭に恵まれるような仕事をしてキャリアを積み上げて来た人々だけは、なんとなくそれらしい生活をしている。傍から見れば自分だってその一員かもしれない。

121009渋谷HML (10).jpg

突き詰めれば私たちとホームレスの人々の最大の境界線は「金」の存在だけとも言える。もちろん有金をギャンブルなどに散在して自業自得でホームレスになった人もいるだろう。

いずれにしても自立自活できるほどの金を持つ能力のない人々はホームレスになる運命が待ちかまえている。でもホームレスであることを積極的に受け入れている方々も存在する。

生活保護を受ければいいのに・・と言う人もいる。確かにそうだ。公的なホームレス支援は存在する。しかしホームレスの中には意識的にそれを拒絶する人もいる。故に自身の選択でホームレスになっている人がいるのも事実だ。また自業自得と言う人も多い。それも真実だろう。

私はホームレスの人々を見て、単純にお気の毒だな・・とも考えない。

ホームレスの中には現状を抜け出したいと考えている人だって存在するし逆もあるだろう。しかし彼らだけでなくても昨今は経済的敗者が再チャレンジするには現代は非常に過酷である。
勝ち組と呼ばれる人々の多くは成功と共に金をつかんでいる。
それは資本主義が理由じゃない。本来ならあり得ないが、共産主義国の中国だってとんでもない格差社会だ。思想原理的には格差のない国に格差がある現実。

残念ながら人間に限らず生物の生存には根本的な格差が出来てしまうというのが事実のようだ。人間はそれを知恵によって小さく出来るはずなのだが・・・。


私だって今の会社を追われたら再就職なんてままならない。多分ロクな仕事もないだろう。
40代の頭に失業してハローワークに行って驚いた。本当に収入に良い仕事の情報なんて実はハローワークなんかにはないのが私の認識だ。

50
歳近くなると、死ぬまでちゃんと生活することがこれほど大変なのか・・と実感する。年金問題だって社会保障だって若い頃とは比較にならないほど身近な問題だ。
そもそも50歳過ぎたら賃貸の部屋を探すのだって結構なハードルとなる。
それにあの大企業のシャープだって傾くような時代なのだ。
サラリーマンが自営業者並みに各人の成果を求められる時代でもある。でもそんなに誰しも高い能力ばかりの人材じゃない。全員が勝てる訳もないのだ。


121009渋谷HML (12).jpg

(上)身綺麗な彼はここの定住者ではないようだ。何かの事情で一時的にここにいるのかもしれない・・・。ダンボールだけが僅かな緩衝地帯だ。

渋谷にひっそりと暮らす彼等の姿を見て優越感も憐憫も感じる事はない。彼らと私の間にはちょっとした違いがあるだけだ。
残念ながら私には彼らを助けられない。
それどころか、ひょっとしたら今でも自分が何らかの事情でホームレスになってしまうんじゃないかという恐怖感すらある。
私が常々異常に不潔なトイレの夢を見るのはその恐怖の表れかもしれない。

その心理が彼等の存在に自然と彼らに目が向く理由かもしれない。
現代にはそうした言い知れぬ不安感を煽る何かが存在するし、渋谷には確実にそれがある。街を行く人々は一見幸せそうに見えてもそれぞれの事情があるのだ。東京にいるとそれが感じられる。

2012年10月10日記述。


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よく思いつくなあ・・と感心した写真だぜェ [徒然なるまま]

暇だなとも思うが、でもかなり多くの人が笑ったはずだから、無駄ではあるまい。良く思いつくよなあ。それも結構出来良いし。

笑える.jpg

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秋口の新宿御苑に出向く(2012年9月29日の様子) [歴史&庭園(History&Garden)]

まだ暑さが残る週末だが、秋の気配は確実に到来している。新宿御苑では既に秋の植物が顔を見せ始めているのでいつもよりも若干人出も多いそこで。苑内の植物の様子を写真でダラダラとご紹介致します。写真はクリックすると拡大致します。御苑の植物は11月末にかけてかなり見ごたえのある様子に変化するので楽しみです。撮影は全てSONYのαシリーズのNEX-5N。

120929新宿御苑編集 (1)_R.jpg

名前不明の植物だが不思議な宇宙観を感じる

120929新宿御苑編集 (2)_R.jpg

プラタナスの葉が太陽に光る。

120929新宿御苑編集 (3)_R.jpg

バラの枝のトゲが素敵。
120929新宿御苑編集 (4)_R.jpg

ヒガンバナである。やっぱ美しい。

120929新宿御苑編集 (6)_R.jpg

ヒガンバナは幻想的でもある

120929新宿御苑編集 (7)_R.jpg

新宿口傍の木になっていた実。
肉感的でセクシー。

120929新宿御苑編集 (10)_R.jpg

ススキもこんな感じ。


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